057.ネタコをおこせ♪人体実験♪信じれば、、やってきたぜ!水野ちゃんの実験結果の巻。

信じるためには「理由」はいらない。
信じるためには「理屈」もいらない。
信じるためには、根拠は要らない。

最初の例。
スイッチをおせば、電気が点く。
ここでいう「スイッチを押す」は行動だが、
なぜ「行動すれば」「電気が点く」のか、
【頭の中で、説明はできない】。
しかし、私たちは「スイッチを押す」と
電気が点くことを【確信】している。

電気が点くことを確信して「スイッチを押す」
この行動が、まさに根拠なき確信のひとつだ。

ここで、人体実験の結果発表!
水野ちゃんの人体実験の結果のシェア会です♡

水野ちゃんのように
手放しで確信したら、
思った通りになる!
<名古屋駅に宿泊用意をもって出かけた結果>
<オープンカーにいつか乗る!と思い続けた結果>
<音漏れのフェスにバンドTシャツとバンドタオルを持って出かけた結果>
<誰かとお昼ご飯したいなあ・・と思った結果>

こんな結果をシェアする私たちは
おかしな人たち、いかれポンチだろうか・・・・!?
いいや、違う!と断言する!

私が好きな牧師の話で次のようなものがある。
昔昔、農民が干ばつで苦しみ牧師に訊ねるシーン。

「私たちは牧師の仰るように
神様に雨乞いをしてるのに
雨が降らないんです。
私たちは一体どうすればいいんですか?」

牧師はいった。
「あなた方は本当に雨がふると確信していませんね。
なぜなら・・・・その証拠に、
毎日傘をもってでかけないじゃないですか」

つまり、
確信とは、
【説明がつかないこと】なのだが、行動で示すこと。

だから、朝起きたら、
・・・装う
・・・丁寧に顔をあらう
・・・音楽をきいてノリノリででかける
んだ。
【今日は最高の一日の始まり】という確信をして!
本当に、今日も最高の一日の始まりという確信の<行動>で始めよう!!ぷぷぷ。

◆「ネタコをおこせ♪」番組の感想をぜひ教えてくださいませ。
アンケートフォームこちら

https://onl.la/MUhXNNL

056.人体実験♪罪悪感をとりはらう実験④ ~三高と明日のジョーの巻。

お金経済が我々を幸せにするすべてではない、
と頭でわかっているのに、私たちはどうしても振り回されてしまう。

その理由もわかっている。コマーシャリズムだ。
アイフォンが欲しいと言ってるのは
アイフォンの宣伝をしている地域の人々だけだ。

Hermèsが欲しいと思うのも、しかり。
アイスランドに住む先住民は欲しがらないと思う。

このことを忘れてしまったら、ハーレクインロマンスを読み返してほしい。
裕福で孤独な主人公が愛する人と出会い本当に幸せを見つけていくストーリーだ(ほとんどが笑)

この類の小説がどうして読み継がれているんですか?
それは、
何度も何度も、私たちが実感したいと思っているからではないですか?
つまり、
そうではない方向性に(お金経済が幸せの全てであると勘違いしている方向性)
向かっている私たちに歯止めをかけるために。
違いますか?
(ただただ、裕福なプリンスと結婚したいと思っている人じゃないよね?)
(お金で幸せを買えるという、読み物ではないよね?)

ではここで事例をだしてみましょう。
「好き」と「欲しい」についてです。

その昔、ばぶっている頃、三高男子というのがもてはやされました。
身長、学歴、収入の三つが高いという男子のことです。
そして、結婚相手には「三高が条件」なんて平気で言っていた時代です。

若い女性の心が欲しかったのは
「三高」という「条件」でした。

でも・・・・
そんな若い女性が、勤務先近くのキックボクシングジムに
ダイエットのために通うようになり、
そこでプロを目指す

マッチョだが、身長は自分と同じくらい
学歴は高卒
収入は・・・・プロボクサーを目指しているので居酒屋でバイト中
の「ジョー」と仲良くなります。
ジョーは、「三低」です。

でも、
彼の挑戦力があって、努力家で、
真面目で勇気があって人に極めてやさしいという人間力の高さに
興味を惹かれ、
まっすぐ見つめる彼の目にひきこまれ、
「♥好き♥」になってしまいます。

共感していただける部分があると思うのですが、
「欲しい」と
「好き」が異なるといいう、私たちが持つ共感性。。。

話を戻します。
私たちは、「お金が欲しい」けど
心を揺り動かされるのは、人生の「幸福感=好き=ジョー」です。

欲しい「三高」ではないけど、
心の底で「ジョー」を求めているんではないでしょうか?

私は、母親からしつけられたことが無意識に埋め込まれ、
観念としてそれを認識していて、それが「感情」を生み、行動につながっていく、ことを発見しました。

この観念を一度よおくみて、
「三高」なのか「ジョー」なのか、
肝をみつめる必要があると感じています。

お金経済もまさにそうです。
お金が欲しいだけじゃなくて、私は幸せを感じていたい。
そのために今日も人体実験を繰り返すのです。

さあて、納税時期(お金が減る~お金に振り回される~)
になってきましたので、
人体実験の始まり始まり。また次回をお楽しみに!!

◆「ネタコをおこせ♪」番組の感想をぜひ教えてくださいませ。
アンケートフォームこちら

https://onl.la/MUhXNNL

055.人体実験♪罪悪感をとりはらう実験③ ~マヌケ狸の自分を愛することの難しさの巻。

実験①②によって
罪悪感の「意識」をとりはらう「きも」は見つけられた。

魂はおそらく
自分を愛せよといっている気がする。
だから、
自分を愛さない行為(罪悪感を持つ行為)はざわつくんだ。

高額なものをすぐ壊してしまった幼少期
(いまでもそうだが)
からの思い込み(無意識)が
お金のブロックになっていると思っている。

だから、
高額と思いこんだ「もの」にはブロックがかかっている。
高額と思い込んでいない「もの」にはブロックがかかっていない。

そうなんだ。
母は、洋服や靴バックにはサンザンお金を使う。
ので、(多分)、
私も、洋服・靴・バックにお金を使うことに罪悪感は
きわめて少ないことを発見した。

更に、
「50歳なんだから好きなものを着させて」と母に宣言できたことから
洋服・靴・バックの、自分が好きなものにお金を使うことが加速した。
罪悪感?
ないです(笑)。

つまり、
どんな「意識」であっても、
どんなに「つじつまがあわない考え」であっても、
まるごと「自分自身」を受け止めてしまえばいいのだ。
たとえ罪悪感をもってしまっても、
「自分ってなんて、マヌケ狸なんでしょう?」
って思ってしまえばいいのだ。

ネタコ実験をするのは
「罪悪感をもんもんと抱えている」自分を見つけたときだ。
自分を「責めて」いるときだ。
その時には、ネタコ実験をするのが肝心だと思う。

長い間、いろいろな罪悪感を抱えていたが、
その肝の多くが
「母に対して、マヌケ狸な私をもっと愛してほしい」という願望だった。
そして、それを母に伝えることで、
罪悪感が薄れていっている。
(そしてここでのポイントは、
母に理解を求めないことだ。)

自分で自分の機嫌をとれることの素晴らしさ。
自由闊達に自分を愛することの自由さ。
こんな生活ができるなんて、思ってもみなかった。
人体実験、ばんざい!

◆「ネタコをおこせ♪」番組の感想をぜひ教えてくださいませ。
アンケートフォームこちら

https://onl.la/MUhXNNL

054.人体実験♪罪悪感をとりはらう実験② ~盗まれた・騙された・暴力をふるわれたのは自分が悪いからでしょうか?の巻。

母のしつけは厳しかった。
私を「幸せにするため」に厳しかった。
トラブルがあったとき、どんなに理不尽でも両成敗だ。

年長の時、耳鼻科に行くための治療費135円を小学生に騙されて盗まれた
小3の時、仲良しに絶交状をもらった
元夫に暴力をふるわれていた

こんな場面でも、
母は言った「相手が100%悪いということはないんだ」と。

今だからわかる。
母の究極の愛の形だということが。
私が世間にでて「困らないように」皆に「愛される」ように、だ。

しかし、
これも無意識の領域に深く刻まれて上書を繰り返し、
何かトラブルが起きるのは「自分が原因だ」と思い込んだ。
原因があって結果がある。
悪い結果があったらその原因は「すべて自分なのだ」と
思い込んでしまった。
結果、非常な罪悪感の刷り込みをし続けた。

だから自分を守るために
「自分が原因にならないように」した。
気が合わない人間とは付き合わないようにした。
本当はさみしがり屋で大勢と一緒にいたい性格なのに、だ。

気が合わない人間とは付き合わないと決めたから、
イライラする人間にはすぐ「ファイトポーズ」をとった。
近づくなというサインだ。

そのくせ、油断した時に気の合わない人間から怒鳴られると
心臓がどきどきして、ひどく落ち込んだ。

そこで実験だ!

友好だった取引先が計画倒産をして、私に多大な迷惑がふってきた。
ダメ元でもいい、怖かったけどその社長の家に突撃し、
こちらの正当な要望を伝えた。→うまくいった。

自分が悪くないのにと思っている時には
「今までのように、すぐに謝ってその場をおさめない」ようにした。
→うまくいった。人の応援まではいった。

仲良くしていた友人が、私に嫉妬して悪い噂を立てた。
今までの癖の通り、そのグループから何も言わずに立ち去った私だったが、
今は戻った。そして、自分の思っていることを話し出した。
→謙虚の気持ちを失わず自己主張することが
少しずつできるようになってきた。

自分の機嫌は自分でとる、と決めたことで、
人への依存が軽くなった。

根拠はないが、
自分で自分の機嫌をとれるようになってきたから、
他人や、他の現象に、
心を揺らされる場面がかなり少なくなった。

何でも自分で決められるんだというこの自信が気持ちいい。
恐怖(人から嫌われるとか)もかなり薄らいだ。

自分の立ち位置くらい自分で作れるんだ。
自分の空間くらい自分で作れるんだ。
実験結果からわかったことだ。しめしめ。

◆「ネタコをおこせ♪」番組の感想をぜひ教えてくださいませ。
アンケートフォームこちら

https://onl.la/MUhXNNL