喧嘩に引き分けた(と思う)
喧嘩を感情的にしてきたら、
私も感情的に言葉を返す、という実験結果だ。
うまくいったと思う。
わたしのネタコも落ち着いて、
相手の心情も落ち着いたとおもう。
お客様のわがまま(お客様と私の営業の関係は上下ではない:これも私は誤解していた)なんだけど、いきなり、大声で
「感情や気持ち」で怒鳴られたら、
今までは
ドキドキしながら声が震えながら、何度も謝罪して、
謝罪しながらも、(お客様の言質をとりながら)
理屈で正論で「相手を論破」してきた。
そして、
嫌味交じりにいうのだ「あなたの機嫌を損ねたことについて だけ はお詫びします」と。
そうしたら、相手は「だまる」よね。
しかし、そして徹底的に私は嫌われる。
でも、今回は、
お互いに、感情的な物言いを繰り返し、
結果的にすっきりとお互いに言いたいことを言い、すっきりと「さよなら」をした。
「感情で認めてほしい」が、喧嘩の本質だから、
「正しいとか正しくないとか、本質的にはどうでもいいのだと」本当に、はっきりした。
例えば、
数年前、横断歩道に片輪のっけてハザードつけて駐車し、
家族を病院に連れていったときのこと。
警察に違反切符を切られたので”感情的”に怒鳴った。
「あんたの家族が同じ思いをしても後悔するな。不服申し立てするから所属と名前を教えろ」って。
正しいのは警察だが、”感情的”になって喧嘩をふっかけた。
喧嘩とは、「感情」。理屈は関係ない。
その時、私の中には道路交通法は関係なかった。
だから、”喧嘩の感情”には”感情”で返す、という実験をしてみた。
結果、大成功だった。
言いたいことを「互いに言う」ことを許せばいいのだ。
相手にも権利があり、同様に、自分にも権利があるのだ。
怒鳴られた時に、卑屈になって、
本音は違うのに早く納めたいばかりに平身低頭になって
(これは余計相手の火がつきかねない。感情的であるときほど、本音が伝わってしまうから)
おもいっきり、謝り続けていた。
本音は、「私は悪くない理不尽だ」と叫びながら、だ。
今回の人体実験♪結果
今後はもうこんな対応はするまい!
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